お悩みマンの未来日記

今感じたことを未来につなげるために、1人の働き人として役立つ記事を発信します。

他人から気付きをもらう

ある日、仕事で毎月に行う、交通費の精算のため、今までいったルートの交通費を一生懸命Yahoo乗り換え、検索を使い、運賃の検索をしていたときのことだった。

 

 

「そんな非効率なことまだやってるんですか?」

 

と職場の後輩。まぁ、確かにいったルートぐらいその日のうちに調べて記録なり残しておけよと思うだろう?

 

しかしそんなことではなく、

 

モバイルSuicaって使ってないんですか?」

 

と聞かれた。確かに何回か使ってはいたが、携帯を取り出すのが面倒で、その後ほとんど使っていなかった。

 

モバイルSuicaなら、使った履歴がわかるので、そこから追っかけていけば、後でいちいち運賃検索しなくてもすみますよ。」

 

それは知らなかったとばかりに、

 

 

「えー!そうなの!!!」

 

と間抜けな顔で絶叫。

 

確かにそうだ。運賃が表示されているのでこれは経費精算の手間が今までよりはるかに短縮できる。

 

このように、他人から気付かされること、教えてもらわなければ知ることのなかったことが実はある。

 

自分が今やっていることが正しいことなのか?ふとその事に疑問を頂いたとき、様々な人から学ぶ姿勢がやはり大事なんだと思う。

 

強烈なこだわり

ある日、知り合いの方から、こんなことを言われたことがある。

 

「君って、これでいいか?っていう発言が多いけどでなくて、これじなきゃだめ。っていうのを見つけていかないと」

 

多分、その人はこだわりっていうのが妥協しない人生というか欲しい人生に真っ先に向かうとことを言いたかったのだと思う。

 

その頃からだろうか?自分の中の小さなこだわりを少しずつ意識し始めたのは、

 

例えば、ワインなら赤ワインだし、いつも使うシャープペンはペンテルのTUFF0.5だし、 最近洋服はほぼナノ・ユニバースしか買っていないような気もするし。

 

こだわりというものを意識するようになってますます自分の感覚というものを意識するようになった。

 

譲れないこだわりが自分を作るといっても過言でない気がする。

 

基準は、他人でなく、自分で決めていくものなのだと、強く胸において、今日も明日も頑張っていこう!

俺って結局何したいの?

「僕は、いつどこで何をしているんだろうか?」

朝、電車にゆられながら、そんなことを考えていた。今の仕事に充実感を覚えながらも自分が果たして、いつまで会社勤めをしているんだろうか?

 

ずっと会社員として企業にいる未来を僕は描けずにいる。

 

最近出会った人からこう聞かれた。

 

「周りの先輩とかが仕事に追われている姿を見て、あんなふうにはなりたくないなって思うんだけど、どう思う?」

 

僕はこのように答えた。

 

「全然興味ありません。」

 

会社の先輩方を見て、我を振り返るよりも、「自分がどうしたいのか?」ということを基準に考えれば、先輩がどうだのとか、気にはならない。

 

とは言ったものの、やはり投げかけられたこの数日は、リアルに自分の40代、50代を想像してみたりした。

 

思いつくのは、会社に所属していない自分というか。会社から切り離された「完全な個としての自分」であった。

 

とはいえ、「個としての自分」を確立させるには、自分が情熱を注げるものに注力せねばならない。

 

最近、知り合いと「BEの肩書きワークショップ」というものをやる機会があった。

 

「BEの肩書き」ワークショップのひらき方<I am(○○なわたし)編> – 「BEの肩書き」探究ガイド – Medium

 

やって気付くのは、以外と重要でないこと、別に今やらなくても良くない?ってことだった。

 

「本当に自分が時間を費やしたいことって何だろうか?」

 

おそらく、これを見つけていくにはもっと行動してみて、探していく他ないんだろうか。

 

逆に僕にとっては、こうして考えている時間こそ、有益な時間なのかもしれない。

 

 

主体性ということについて考えてみた。

「主体性とは、目的をきちんと把握し、自分自身で課題を見つけ、実践・行動すること」

先日会社のミーティングで、上長から「各々主体性を持って業務に取り組むように」との通達があった。

それを聞いて、主体性ってなんだ?と思ったのだ。と同時に業務の進め方がやはり受け身だったことに気付いてしまった。

俗に言うやらされてる感。事実僕は、チームで決められていた業務をすっぽかし、大目玉をくらう寸前だったのは言うまでもない。

人間はそうそう変わらない。新しい業務を今の業務の中に取り入れるのは、面倒だと感じ後回しにしてしまう。

ここで考えるべきところは、自分の業務がどんな目的を叶えるための手段であるのか。というところだと思う。

僕は営業部にいるので、つまるところ目的は「売り上げをあげるため」で次にどうすれば?と考えるところから始まる。

目的と同時に自分自身で業務課題を作ることも重要になってくるだろう。

僕の業務はお客さんに信頼や安心感を持ってもらうこと。

そのためには日々の業務知識をつけることはもちろんだが、現場での気付きを的確にコメントできるように、コミュニケーションを今よりももっと上手くできたらと思っているところ。

信頼や安心にはまだまだ程遠いが、今年は主体性をテーマに頑張っていこうと思う。

コミュニケーションをスムーズにとるために考えておくこと

コミュニケーションをよりスムーズにとるには、普段から話しやすい関係を作りつつ、話したいポイント、聞きたいポイントを予め整理しておくこと。

コミュニケーションを人とうまくとることが僕は下手で、できれば人とコミュニケーションなんてとらずに仕事していきたいと後ろ向きに思っていた。

トラウマは根深い。話していると途中で自分自身も何が言いたいのか分からなくなることがしばしばあった。当然相手をイラつかせてしまい、こいつとは話したくないと煙たがられる。

コミュニケーションは苦手だ。思い込みの力はある意味深く、時おり思考を停止させる。

しかしこれは思い込みなのではと気付くこともあった。

それは人前で自己紹介を頼まれたときのこと、突然のことで、何を言っていいのかなが分からなくなり、名前と意気込みをいうごくあり来たりなり自己紹介になってしまった。

しかしあるテーマについて発言の機会があり、事前にお伝えするポイントを予め整理しておいたところ自分でもビックリするぐらい話すことができた。

僕はここでこんな考えに至った。「苦手と思っていることでもきちんと正しいやり方さえマスターすれば、苦手を逆に得意にも変えることができるんじゃないか?」

この正しいやり方と言うのが、整理。つまるところ「何が聞きたいのか?」「何を話したいのか?」を整理することから始めることにした。

しかしもうひとつ忘れてならないのが、関係性である。

いかにポイントを整理するも言っても、関係性が希薄な人とのコミュニケーションほど辛いものはないだろう。

だからこそ、普段から話しやすい関係、聞きやすい関係を作っておくことだろう。

何事も思い込みは危険でもある。勝手なイメージは以外と自分の範囲を狭めてることもあるから。

自分が思う「嬉しい」を基準にする

相手との関係をより強くするためには、自分が感じた嬉しいと思った気持ちやその体験を相手にもしてあげること

悩み相談から考えたこと

ある日のことだが、転職活動が上手くいっていない子の悩み相談に乗っていた。

何かが上手くいっていないとき、多くの人が経験することであろう。

先の見えない感。

その子も多分同じ状況になっていたんだろうと察した。

僕もブログを始めた当初は、会社での自分の仕事が殆どなく途方にくれていた時期だった。

自分の気持ちを誰かに聞いてほしい。そんな一心だったと思う。

各方面で自分の本心がポロっと出てしまったとき、当然好意的でないか方もいて、たしなめられたこともあった。
でもそんななかで黙って話を聞いてくれたこと。自分の気持ちを素直に聞いてくれたことが僕は嬉しかったと思う。

僕は相談に乗っていたとき、当時の自分を思い返して、話をとにかく聞く態度で接しようと思った。

相談してくれた子も、最後はスッキリしたようで「相談してよかったです。」と言ってもらえた。
それがまた嬉しく感じた。

最近感銘を受けた行動について

最近嬉しいと思うことがあり、その事についてツイートをしてみたのだが…

僕の仕事でのコミュニケーションのスタンスとしては、先にも述べた通りだが「極力無駄なことをしない。重要感のある情報のみを伝える。」
なぜなら、優先度の低い情報は言う必要はないし、ましてや聞かさせる相手もそんなこと言う必要はなくないって思うだろう。って解釈をしていた部分もあった。

しかし伝える側が、男性だったら果たしてこうも思っただろうかと言うと、ここは僕の情けないところで、「そうですかー。」で終わっていたはずだからやっぱり下心は多少あったことを断っておく。

でもそれをしてくれたことに嬉しく思うし、姿勢に共感できる部分はあった。当たり前で些細なことだけれど。

だから相手にされて「嬉しい」と思ったことを自分ももっと人に与えてあげること。そんなことを彼女の行動から再認識できた。

あの日のルポ 3.11に改めて思うこと。

 大震災が東北を襲った7年前の今日。私は、まだ卒業を控えた学生で東京駅の某喫茶店でバイトをしていた。

 

昨日のことなんて結構忘れているのに、あの日のことを何故だか鮮明に覚えている。

 

バイトの数時間前に大丸で友達にあげるためのプレゼントを買った。まさか数時間後に地震が起こるなんて想像もしなかった。

 

東京駅はオフィス街のため土曜日は、以外とすいていた。退屈だなーなんて僕は洗い終わったスプーンをふいていた。

地震が起こったとき、確かに揺れてはいたが、そんな深刻な揺れに感じなかった。お客さんとか店のスタッフは慌てて、店から飛び出していたけれど。

しかし数分たつと店にお客が押し寄せてきた。電車が止まったらしい。

 

殺気だつお客さんを制止しつつも、周りの状況など全く読めていない。このときになっても僕はまだ事態の深刻さに気付いていなかったのだ。

 

初めてヤバイことが起きたと気付いたのは、休憩で外出したときにセブンイレブンに立ち寄ったときだった。店頭の食べ物が跡形もなく消えていて、わずかにパンが残っているだけだった。

いつもは数人のお客さんしかいない牛丼店も、お客さんで埋め尽くされ、食材も切れて閉店を余儀なくされていた。

 

「ヤバイことが起こったのだ」僕はそこで初めて気付くことになった。

 

その後もお客さんが絶えることがなく、遮二無二働く他なかった。喫茶店でバイトをして一番忙しかったのは、震災が起こったその日だった。

 

東北がどんな状況だったのか。僕は勤務後のネットニュースで知ることになる。この世のものとは思えなかった。

これが現実に起こっていることなのか?しかも僕が住んでいる日本で。

 

7年たった今でも全く実感がない。経験したことでしか語ることができないのと同様に。

僕にできることは、この日のことを決して忘れない。ということなのだろう。無くなったもの失ったものを思い返すこと。前を必死に向こうとする人を応援すること。

僕は小さなアクションとして募金をすることにした。それが僕が差し出せる唯一のものだと思うから。

 

最後にはなりますが、この地震で不幸にもお亡くなりになられた方のご冥福を心よりお祈り申し上げます。